2008年04月23日

いいかげんなことが出来ない土地柄です。

第5回 株式会社負野薫玉堂(おうのくんぎょくどう) 負野和夫社長 vol.3

――社長は何代目になるんですか?

私は創業から数えると16代目になります。社長に就任したのは平成7年です。
老舗なのでというより、昔は会社と住まいが一緒にあったので
自然に自分が会社を継ぐという意識は持つようになっていました。
親父は24時間、365日働いているイメージがあったので嫌でしたが・・・(笑)。
どうも代々継いでいくということを潜在的に刷り込まれるみたいですね。

私は住まいと仕事場が一緒なのが嫌で結婚して別のところに住まいを持ったのですが、
子供が継ぐことを考えると家と会社が一緒の方がうまくいくのかな、という気はしますね。
ただ、働いているひとは社長が会社に住んでたら、やっぱりやりにくいだろうなぁ。





――企業を経営していく上で大切にしていることは何ですか?

お客様の信頼・信用を裏切らないということですね。
商品はもちろん、接客においてもです。
買い手の立場になってものごとを考え、今ある状況を当たり前のことだと思うのではなく、
感謝の気持ちを忘れないことが大事ですね。 

今は社員の数が27名なのですが、彼らも働くうえで成長を感じ、
夢をもって仕事に取り組んでもらいたいと思っています。


――京都の老舗とよく言われると思うのですが、京都のどのようなところがいいと思いますか?

京都のええところはほっとするところですね。
まだまだ地元のひとが多く地元に住んでいます。
例えば、多くの方が朝から自発的に、自然に家の前を掃除しています。
美的な町というのは決して美的な建物が多くある町ではなくゴミのない町が美的なのです。
それは京都を守っていくために大切なことだと思います。
まぁ、ゴミを捨てないのが一番なのですが・・・(笑)。

あと京都というのはいいかげんなことが出来ない土地柄です。
なかなか新しいひとは受け入れられないかも知れない。
だからこそ頑張らなあかん。そして付き合い出すと長く面倒を見てくれるところです。


――最後になりましたが、魅力のある場所は京都にたくさんあると思うのですが、初めて京都を訪れる方を負の社長が案内する場合、どこに案内しますか?

京都にいいところはたくさんあります。
誰かが京都に来て、どこに連れていこうかと考えたとき、季節に応じて場所が変わります。
春は桜、秋は紅葉、夏は涼を求めて・・・。来たひとの顔を見て、時期をみて、
よろこんでもらえるところへ案内する。いろんな選択ができるのが京都ではないでしょうか。


――それでは、次ぎに紹介していただく大久保社長はどんな方ですか?

大久保さんは笑顔が素敵なおっさんです(笑)。


――今日は忙しいなか、本当にありがとうございました。
(2008年4月2日取材)

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株式会社負野薫玉堂

京都市下京区堀川通西本願寺前
代表取締役 負野和夫 
電話:(075)371-0162
FAX:(075)343-1459
HP:http://www.kungyokudo.co.jp/








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2008年04月22日

お線香の匂いが自然に受け入れられるようになりました。

第5回 株式会社負野薫玉堂(おうのくんぎょくどう) 負野和夫社長 vol.2



――ホームページを見ると御香もずいぶん値段に差があるものなんですね?

そうですね。お香の値段の差は原材料の価格の差が反映されています。
高いものは香木です。なかでも伽羅(キャラ)は1グラムが1万円から2万円もするものがあります。

よい香木は数も少なく希少価値として価格が高くなります。
特に最近はアラブの方がまとめて購入するようになり値段が高騰しています。
これまでアラブの方では匂い消しとして乳香等を使っていたのですが、
香木を焚くようになり新しいマーケットができました。
いわゆるオイルマネーでしょうか、香木の一番高いゾーンを
私たちが提示する額よりはるかに高い価格で買い取っているので、
日本にはいってくる量が著しく減っています。

30年前までは一番高いゾーンを日本、そのあとを中国、韓国、台湾というふうな感じでした。
当時は神戸で華僑の方が仕切っていました。
華僑の方は商売が上手なので、高い香木から安い香木まで全部買って、
全部でいくらという形で現地の方と取引していました。
それを適当な値段をつけて日本や他の国に分配していたのです。

今は現地に行けるようになったこともあって私が現地に買い付けにいくのですが、
日本人は自分の欲しいゾーンの香木しか買わないので、
それ以下のゾーンの香木も同じ価格で売られたりするようです。
日本人は商売がうまくないですね。




――原材料をどのようにしてお香にするのですか?

たとえばお線香は椨(たぶ)という木の幹と皮を粉末したものをベースに使います。
それに伽羅を入れれば、伽羅のお線香になります。
線香状にするためにつなぎが必要ということですね。

原材料をブレンドする比率は代々秘伝として伝わりお店によって違います。
それがお香の香りに違いとなります。
そうして昔から伝わるお香の他に、お部屋の香り付けに使うお香などは
新たに原材料の調合を考え新製品として販売しています。

15~16年前に一度お部屋のお香が小さなブームになったことがありました。
今は仏壇で使うなどの普段使いのお線香の消費が減っています。
宗教のマーケットが大きいのでまったくなくなるものではないのでしょうが、
日常的にお香を使う習慣が減っているので、
業界としても今、新しいお香の使い方やマーケットを模索しているような状況です。

しかしその反面というか、若い方の香りに対する嗜好が変化してきているのを実感します。
その15~16年前のブームの頃は洋風の香りが中心で、
それは合成の化合物を加えた香りのブームでした。
天然の原材料だけを使用したお香は、線香くさい、抹香くさいとして敬遠されました。
合成の香りを付けないと受け入れられませんでした。

ところが最近は家で線香の匂いを嗅ぐことがなくなった為か、
天然の匂いに抵抗がなくなってきているのです。
以前は形もお線香と違うものでないと売れなかった為、
一般のお線香より長さを短くしたり、太くしていたのですが、
形の方も先入観がまったくなくお線香と同じ形のものも自然に受け入れているようです。

負野薫玉堂 HP


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2008年04月18日

4月18日はお香の日!

第5回 株式会社負野薫玉堂(おうのくんぎょくどう) 負野和夫社長 vol.1



株式会社伴戸商店の伴戸恒夫社長から伝統産業であるお香に関わりながら
たいへん柔軟な発想の持ち主ですと、紹介いただいた株式会社負野薫玉堂の
負野和夫社長です。株式会社負野薫玉堂は西本願寺の門前にある御香の製造・販売を
する会社です。創業は1594年。400年以上の歴史をもつ老舗です。



――創業が1594年ということなんですが、桃山時代から400年以上続いてるんですね?

はい。創業は桃山時代になります。御香屋をはじめたのが1594年になるのですが、
その前の時代は本願寺の寺侍をしていました。
わかる範囲で最も古い祖先は蓮如上人に帰依して、
寺侍として付いてまわっていたという記録が残っています。

本願寺が京都のこの地に移ったのが1591年です。
その3年後に本願寺出入りの御香屋として創業しました。
実は「負野」という名前も本願寺からいただいたものなんです。
まだ本願寺が大阪にあるときのことですが、
石山合戦といわれる本願寺勢力と織田信長の合戦があり、
そのとき先祖が本願寺の御真影を背中に負うて野原を逃げたのがその名の由来なんですよ。


――本願寺との繋がりは今もかなり大きなものなのでしょうか?

本願寺との繋がりは今も大きいですね。
浄土真宗の末寺は全国に1万寺あって、
売上の6割を占めます。あとの4割を一般の信徒の方と、
宗派に関係のない一般のお香を買う方になります。
お寺の門前にはたいてい御香屋があって、宗派毎に住み分けているような感じです。

店舗は京都の本店だけで、あと全国のお寺さんや、
信徒の方へは通販という形をとっています。
今はそうでもないのですが、昔は信徒の方は年に一度、
本願寺にお参りに来て、お香を買っていただきました。

ホームページにネット通販のページも作ってあるのですが、まだまだこれからですね。
海外からの注文は増えていますが・・・。これも京都にあるメリットでしょうか。


――販売しているお香の製造もしているのでしょうか?

はい。原材料となる香木や香料を仕入れて、当社で製造しています。
原材料は海外から輸入しています。日本のものはほとんどないですね。
元々、お香というものは仏教の伝来とともに日本に伝わったものです。
中国・東南アジア・インド・アラビア・アフリカで産出される香木や香料を使用します。
江戸時代は長崎の出島を通じて仕入れていました。
今よりずっと取引している量は少なかったと思いますが・・・。

――4月18日は「お香の日」なんですね?

そうなんですよ。日本書記に香木が淡路島に流れ着いたという記述があって、
それが4月なんですが、あと「香」の字を分解すると「一十八日」になるので
4月18日に制定されてます


負野薫玉堂 HP
西本願寺 HP


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